時を味わう連載 Magazine

記憶に残るひと皿

2026.4.8

2026.FebruaryーMarch
連載企画/時を味わう
取材協力/PORT THREE

香りがほどくウインタースパイス

ふと思い出す、忘れられない味があります。
作り手が「ウインタースパイス」と呼んでいる、冬の定番スパイスを使ったキャロットケーキ。シナモンを軸に、クローブやジンジャー、そこへカルダモンとナツメグを少しずつ。互いを引き立て合うように調えられていく、絶妙な配合です。中でもクローブとカルダモンは、ホールのまま軽く火を入れ、香りが立ったところでミールで丁寧に砕く。そのひと手間が、焼き上がりの印象を大きく変えることを、作り手はよく知っています。
 
オーブンから漂う香りに誘われるように、ひと口。
シナモンの香りが、ふわりと鼻に抜け、そのあとを追うように、スパイスの余韻が静かに広がっていきます。その上に重ねられたクリームチーズのフロスティングには、ピーカンナッツや胡桃の香ばしさが溶け込み、スパイスの輪郭を包み込むように、まろやかさを添えています。食べ進めるほどに、ひとつひとつの工程が、きちんと積み重なってきたことが伝わってきます。

「美味しいものを、お腹いっぱい味わってほしい」そんな作り手の想いが、そのまま形になったひと皿。後味の余韻とともに、コーヒーを口に運ぶ時間が、時を味わうひとときに。



ひと皿が生まれる場所

このひと皿が焼き上げられているのが、井原市美星町三山地区にある、築135年の古民家カフェです。ここはその歴史を受け継ぐように、ゆっくりとした時が流れています。

店主の茂子さんが大切にしてきたのは、人が自然と集い、気兼ねなく過ごせる場所であること。長年思い描いてきた茂子さんのその想いを、娘の栞さんが形にしたのがこの場所です。栞さんが手がけた空間は、洗練されていながらも、どこか懐かしく、古い建物の持つ空気感を残しながら、心地よくなじむよう、丁寧に整えられています。

週末だけ開くこの店では、コーヒーを淹れる音や、その場に流れる時間さえも、味わいのひとつ。「せっかく来てくれたなら、どうか急がずに」 そんな気持ちが、空間のあちこちから伝わってきます。

栞さんが作るキャロットケーキには、この場所を大切に想う気持ちと、ここに流れる穏やかな時間、そして日々積み重ねられる丁寧な手仕事が重なり合っています。

だからこそ、このひと皿は、訪れた人の記憶にそっと残っていくのです。




取材協力/PORT THREE
井原市美星町三山 378-2
OPEN 11:00-17:00 毎週土曜・日曜のみ営業
営業日は Instagram を確認

この企画は、キタマチDiaryに掲載されています。
紙のページをめくりながら、じっくり味わってみませんか。